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富野由悠季の監督術 『機動戦士Vガンダム大事典』ラポートデラックス 桶谷顕

『機動戦士Vガンダム』

本作のメインライターの中で最多のシナリオを書かれた故・桶谷氏の述懐。富野監督が新世代スタッフとのコミュニケーションで苦労された逸話がある作品ですが、スタッフサイドからはどのように映ったのでしょうか。

新たなガンダムを作ろうとしてました

編集 桶谷さんは、ロボット物に初参加という事でしたが、苦労はありましたか?

桶谷 そうですね。ロボット物が初めてというだけでなく、僕は過去のガンダムを知識として持っていないんです。富野さんは過去に引きずられないスタッフを集めて、新しいガンダムを目指されたのではないかな、という気もしますね。
終わってみれば、苦労だったのかな…変な言い方ですが苦労しなかったんです。

編集 内部資料のシナリオの初校・二枚・完成稿・決定稿を拝見すると、富野さんとの意思疎通が図られていたような気がするんですが、富野メモの内容がすごく濃いんですよね。実際の仕事量として多くなかったのですか。

桶谷 幸いにも、この一年はVガンダムに仕事を絞っていましたから、きつくはなかったんですよ。さっき苦労しなかったといったのは、自分でも未知数の分野に挑戦するわけですから覚悟を決めていたからですね。Vガンダムを始める時に、”富野さん、この身を預けますから、一年間ご自由にお使いください、何でもします!そういう心境でした。

編集 普通はストーリーボードになるんですが、富野さんはいわゆる『富野メモ』を渡して指示されますよね。
今回は私事が細かかったように感じます。打ち合わせでのキャッチボールの手ごたえはどうでしたか。

桶谷 いや、今までの富野さんの方式を知らないので、今回がどうなのかわからないです。僕たちスタッフよりも富野さんの方がたいへんだったのじゃないかと思います。なんでこうもわかってくれないのという意味の言葉は監督からよく出ました。それを言われても、最初はわからなかったんですよね。

編集 世代のギャップというやつですか?

桶谷 あっ、それもあったかな。富野さんがよく「ここまで話して説明したのはじめてです」とおっしゃいました。たとえば…シャクティのおぶい紐だったかな。カルルマンをおんぶするのに紐をどうかけるかってスタッフで話していて、最近はそういう事をしないしなぁ、という内容になったんですよ。富野さんからすると『最近の若い世代は、おんぶ紐のかけかた知らないの?』とびっくりされたみたいです。そういう事が幾つかあって、監督の意識の中でスタッフに対する見方が変化したかもしれませんよ。

編集 たしかにVガンダムという作品は、歴代のガンダムに通じていた共通語みたいなものがなくなって、まったく新しい作品になっていましたね。

桶谷 新しいも何も、僕にとっては始めての経験なのでわかりません。

編集 Vガンダムを一年やられて、桶谷さんとしては何か得るものがありましたか?

桶谷 一口では言えない部分もあるのですが…やはり富野さんは凄いですよ。
最初は僕も夢中でしたから、富野メモに細かく指示してある内容や、骨組みだけの内容があって、どこまで自分を出していいのかわからなかったんです。あの頃はどう加減するかもわからなかったんですからね。とくに1話、2話の頃は、最初に出すシナリオにメモがいっぱい入って返ってくるんです。あれは凄かったですね(笑)。
「僕の書いたものはどこに行ったんだろう」くらいメモが入るんです。今まで手直しされるのが嫌だったんですよ。ところが、Vガンダムでは、富野さんがどう直してくるのかが僕自身で楽しみでした。いまだから言えるのかな…最初は苦痛だった気もするのですが、だんだん気持ち良くなって、されるがままに富野さんの世界に引き込まれてしまったというのが正直な所でしょうか。

富野さんからは大切なお土産を貰いました

編集 内容密度が濃すぎて、消化不良になりそうな気がしたのですが、スタッフからはそういう意見は出なかったのですか?

桶谷 テレビという事を意識していたかどうかと質問されると困りますね。不親切というより、視聴者に媚びないよう作品にしようという気分、そういう雰囲気に乗ってしまった感じはあります。こうして全部を見終わったら疑問は残っていないと思うんですよ。
シナリオ作業の中では、どこで自分を出すかだけを考え、自分の中にあるリズムを生かすのに集中していたからでしょうかね。今にして思うと富野さんが最初に会って打ち合わせした時におっしゃっているんです。
「Vガンダムが終わった時に必ずお土産をあげるからね」
あれはドラマを作るのに必要な心を伝授してあげようという意味だったんだと思います。
成長と言えるかどうかは、将来に出る結論としてガンダムが終わって、自分のドラマ作法がバラバラになり、それを再構成するのに途方に暮れているという状態…かな?富野さんとのキャッチボールは今考えるとすごく楽だったなと思えます。自分ではどんな球を投げているかは普段わからないんです。ところが、富野さんに投げ返してもらうと良く判るんですよ。こういうことができる状況はめったにないんで混乱している状態です。

編集 スタッフの堅さがとれた中盤くらいから、自由に球を投げる人が増えたような気がしますね。

桶谷 自由に動き出したのは後半になってからです。僕は、やっぱりルぺ・シノのお風呂で開眼しました。「あ、そうか、こんなボール投げてもいいんだ」と思いましたね。僕だけじゃなくて、「シュラク隊は女にしちゃる」と意気込んで、実に見事に血を通わせた人もいますし、あの頃から流れが変わっていますね。僕は、ラゲーンでの戦闘の後に、お墓をカサレリアに作ったあたりの話が感触として残っています。

編集 主人公のウッソが成長しない代わりに、成長物語を見せてくれたオデロなんかも、そうなんでしょうか。

桶谷 そうだと思います。富野さんが考えていた部分もあると思いますが、スタッフの思い入れがオデロをあれだけいい男にしたんだと思います。ゲストのキャラクターは物語の本筋に影響しない限り、全員を遊ばせました。逆にウッソは不幸な少年です。彼にとっては何でもない、地球の大地を踏み締める行為が、ザンスカールの人間にとって、命をかけてもやり遂げたい事なんですから。
ウッソは決して成長しなかったのではなく、大人になるのを徹底的に拒んでいたんです。カガチと対面したところでも、自分の中にある正義を求めようとした場合に子供でいなければならなかったんです。両親に定められてしまったレールの上を走りつつも、子供でいようとするのが親に対する精一杯の反発なんです。ウッソの自分に対する葛藤というのは、ある意味では今の空気なんですよ。



新世代スタッフとの試行錯誤の前半部分を歯車が噛み合わなかったとして監督自身は次のように振り返っています。

1クール目で余分なことを一杯やってるんだよねっ、ていうのが一番の印象ですね。それというのは、僕の仕切りじゃなくて、なるべく、若い人の脚本にのっとってやってあげたいなっていう気持ちがあったんです。今にして思うのだけど、そういう善悪の部分が作品をコントロール出来ていなかったんだとは思えます。

スタッフ、特に脚本の人達が持っている部分をひどく善意に取り上げようと思い過ぎたのが一番の裏目に出たのかなって。

つまり20話くらいまでに不確定な要素を入れ過ぎ、それを許し過ぎたというのが一番いけないことだね。それが一番大きな事で、物語を繁雑にさせてしまったってすごく感じる。



1クールないし20話までにあった余分な要素とは何であったかは明らかにはされていません。名作劇場を意識したドラマや画作り、丁寧なキャラクター描写、均衡した戦力の中でのせめぎあいなど、タイトとは言いませんが様々な要素が上手くかみ合った印象を受け、この反省点はやや意外です。
監督としては前半はボールを渡したつもりが、桶谷氏からすると、当初から細密な指示に苦慮したようで、意志のすれ違いを感じられます。後半、シャクティが説法する場面に象徴されるように観念的なテーマが剥き出しのまま前面に出るシナリオになっていきますが、オデロをはじめとしてビビットな感触を手に入れたキャラクターが少なからず出てきており、前半で活かされるはずだった「脚本家が持っている独自色」がようやく機能したという意味でもコントロール不足を感じさせる結果となりました。
また、インタビュアーの指摘する消化不良の感は否めず、ドラマを掘り下げる前にテーマを背負わされる格好でフェイドアウトしていくキャラクターも少なくなかったと思います。主人公のウッソにしても、成長を拒んだともいえますが、ドラマ性を失った大人たちに囲まれて成長する機会を奪われたようにも見えるのがなんとも切ないですね。
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