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富野由悠季の監督術 『機動戦士Zガンダム大事典』ラポートデラックス 「設定と映像」

『機動戦士Zガンダム』

『機動戦士ガンダム』が日本のアニメーションにもたらした大きな影響の一つとして膨大な設定による世界観構築があげられるかと思いますが、続品である『Zガンダム』ではこの方法論は踏襲したうえで、より細かで、現代科学技術の延長を意識させるギミックを出すこと、当時、全体的に上がったアニメファン年齢層の視聴に耐えうる作品に仕上がる屋台骨が作られました。
本書の「設定と映像」というコラムでは、週一のTVアニメにおいて採用される各部門の並行作業の弊害として設定の扱いの不統一が挙げられています。それゆえ、各スタッフが世界観設定を共有する為の手段である設定の重要性が問われるわけですが、『Zガンダム』での富野監督はこの問題に対してより積極的に対処していたようです。

総監督自身、やはりこのことは考慮していたようで、シリーズが始まる前後には、自ら人物の役割、名称、M・Sなどについて解説した文章を作っていたようである。
TVアニメーションにおいては数話分が絵コンテ等で複数の人間が同時進行となる時もある。そうした時に絵コンテマン、もしくは演出家間での意思疎通が不完全だったりすると各話数間で舞台がコロコロと変わってしまったり、登場人物の感情がまるで逆、という事も起こり得るのである。
『Zガンダム』では、それを未然に防ぐために、特に1・2クール目あたりではほとんど毎話、シナリオを斧谷稔が氏がチェックし、人物の行動に矛盾が生まれたりしないようにされていた。これはそれまで、富野監督の作品がコンテ段階で斧谷稔氏によってチェックされていたのを、ストーリーの最初の構築の段階で手を加え、より綿密に物語を進めていこうというこころみであった。その結果、『Zガンダム』はここ数年間の富野作品の特徴となっていた、シナリオとはまるで違う最終回、とはならずに済んだのである。(もちろん多少の変更点はあった。ちなみに最近の作品で一番変わったものは『エルガイム』の最終回のように思える)もちろん、このような方法の他にシナリオライター絵コンテまで切ってしまう場合や、あらかじめプロット段階で細かく人物や舞台等をセッティングしてしまうやり方もある。



富野監督が自らシナリオに関わるタイミングは確認されているかぎり主に3つ。いわゆる「トミノメモ」といわれるプロット、映像との兼ね合いを見据えた絵コンテ作業ないし絵コンテチェック時、録音時の最終調整。『Zガンダム』だけここにシナリオチェックが加わることになるわけです。記事にあるように設定や状況の整合性を重視したこともあるでしょうが、後の作品でこの体制を採っていないことを思えばイレギュラーの感があります。推測ですが、放映時鳴り物入りである『ガンダム』の続編、すでに完成された世界観を活かすための慎重な引継ぎの意味があったのではないでしょうか。
『Z』のメインライターが続投した次回作の『ZZ』でもこの体制が採られていないことを考えれば、シナリオチェックの意味がなくなる程度に世界観とドラマをメインライター達が把握できた事の証左にも受け取れます。
後に、ファンが設定考証の積み重ねでサーガものとしての魅力を引きだしたわけですが、この時の引継ぎが土台として活きたとも言えますね。
ただ、最終回の記述に対してはやや疑問があります。チェックされていたのは前半部分であり、最終回は「遠藤明吾」単独銘記となっています。最終回の落とし方は初期案通りという監督の証言もあるので(『富野由悠季全仕事』より)、シナリオチェックが影響を与えたのかは微妙なところです。

追記 最終回の記述について富野とかBLOGサイト2の坂井哲也氏よりtwitterにて補足をいただきましたので、紹介させていただきたいと思います。快諾していただいた坂井氏には御礼申し上げます。



※ちなみに『エルガイム』最終回の原案は、オリビーの「お兄ちゃん……帰るの?」というセリフで締めくくられ、オリビーの回復が示された希望的なラストでした。(『重戦機エルガイム大事典』より)
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