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富野由悠季の監督術 『戦闘メカザブングル ロマンアルバム・エクストラ (57)』富野由悠季

『戦闘メカザブングル』

『ザブングル』が制作された82年は多忙を極め、『ガンダム』と『イデオン』の劇場版が同時進行しているハードスケジュールのなかで作られています。
当然、創作のモチベーションとしても前二作品とは違うアプローチを模索する格好となり、活力と実験精神にあふれたユニークな仕上がりになりました。

活動写真的なおもしろさをめざして

とにかくまず、作品にのめり込みすぎずに、自分自身の気持ちを引いておいて作っていこうと決めました。気持ちは遊び半分、それでもきちんと仕事として成立させてやっていく。そういうことを練習したかったんです。

興行する――つまり、見せ物を提供して、人にお金を払って見てもらう。これは、テレビとは全く違う構造ですけど、その大画面に自分の手がけたものが映ってるわけです。それを見てるでしょ。なんか違うんですね。まだまだパッとしない。たとえば活動写真的な、パァッとふっきれた楽しさ、そういうものがどれだけあるか、というと、かなり怪しいと思ったのです。
そして、「ガンダム」にしても「イデオン」にしてもそうなんだけど、一生懸命やってるがゆえに、作り手側の自己主張――監督意識みたいなものばかりが出すぎちゃってる。
「ガンダム」ってのはまじめですよね。「イデオン」なんてのはもっとシリアス。それは、気を入れて一生懸命作ってきたからです。一見、あたりまえのことのようにみえますが、でも、見せ物ってのはそんなもんじゃないだろうって思えてきたのです。
これは日本の映画監督すべてにいえることじゃないでしょうか?日本の映画監督はみんな、見せ物っていうことを忘れちゃったんじゃないか。無条件に楽しいエンターテイメントってものを基本的に嫌悪してるんじゃないか、って思いあたりました。日本映画がダメになっていった原因もそのへんにあるのではないかと想像したのです。

そこで「ザブングル」に関しては、僕はまず自己主張したい部分を捨てたんです。理念とか思想的なものをすべて捨てるところから始めたんです。そうやって肩の力を抜いて、気分は”遊び半分”。

総監督である僕のいうことを聞け!!

極端ないい方をすると、絵も運びだけで楽しく見えるように、作っていかなくてはならないからです。極端な場合、話はなにもなくってもいいから、キャラクターたちの動きとか、たった一つのエピソードで十分間もたせる。そういう演出テクニックを投入していかないと、とても人を魅きつけられない。
だから、コンテ作業に関していえば、普通のストーリー性のある話にくらべて、三倍くらい手間ひまがかかってるんです。たとえば、こういうギャグっぽい動きがあるとかっていうのは、全部コンテのなかで指定していかなければならないし、ひどいときは、動画の中割りの指定なんかも、コンテに入れるんです。アニメーターには極度に嫌われましたけどね。

初めに「自分を出さない」と決めた時に、かなりたいへんな作業になるな、という覚悟はしてたんです。でも、思った以上にハードでした。二クールぐらいやれば、各担当演出もアニメーターも、「ザブングル」でやろうとしていたことを、わかってもらえると思っていたんです。ところがそうじゃなかった。僕にいわせりゃ、いつまでたっても重たい動きと、あたりまえの中割りで。ちょっとハラが立ってきちゃったんです。
それでもう”失礼”をもかえりみず、コンテなんかは場合によってはほとんど全部、僕が直しちゃうようなこともやってきました。「絵運びのテクニック」それのみにこだわってね。
やっぱりサンライズの第2スタジオっていう現場が、それまでのアニメーションのしかたに、あまりにも慣れすぎちゃってたんですね。いままでに2スタが作ってきた作品群の歴史があるわけです。「ボルテス」あたりから固まってきたのかな、そういう”2スタの作り方”ってのがしっかり根づいちゃってる。ちょっと違ったやり方で作画していくっていう柔軟性が乏しくなっていたんです。
でもそれじゃ、僕の求める「ザブングル」は生まれてきません。ですから、心を鬼にして、キツイこともいいました。五年も六年もアニメをやってるプロにむかって、「あなたの覚えてるアニメのしかたは、それはみんなウソなんだ」「いろいろ考えはあるだろうが、総監督である僕のいうことを聞け」なんてことまでいった。
実際コンテを前にして、「なぜこのコンテの気分が出せないんだ」ってアニメーターにプレッシャーをかけたり。具体的な例では、「カリオストロの城」をまねろっていって、まねしてもらったりもしたわけです。「ダイオ―ジャ」までのアニメーションのしかたで表現できるなんて、思ってもらっちゃ困る、と。
2スタのスタッフにしてみれば、それまでの自分たちのやり方ってものを否定されたわけですからね、そりゃ当然抵抗しましたよ。
それに、初めの一クール半あたりまで、これで良かったはずじゃないか、っていういい分もあるわけです。だから僕は、「だれがいいなんていった」って。「毎週毎週オンエアしなくちゃいけないから、とにかくOKをせざるを得なかっただけじゃないか。作品自体がいいなんて、ひとこともいった覚えはない」なんて突っぱって。ものすごく険悪な雰囲気になった時期もある。富野は横暴だ、ともいわれましたしね。
しかし、正直な話、キツイこというこちらも、本当につらかった。いったい何人のアニメーターにやめられるだろう。何人の演出家が逃げ出すことか、と思ってました。



いわゆる文学性や芸術性を押し出した表現を敬遠し、「芸能」というワードで映像表現の再構築を課題とするのが後年の課題といえると思いますが、その萌芽になったインタビューになるのでしょうか。第一話でエルチが「文化の花を咲かせる」と息巻く姿と重なって見えます。
『∀』制作時は自身のドラマ作りに新風を入れるための突破口の意味合いもあったわけですが、この時期は『ガンダム』『イデオン』の二作品に対するバランサーとして作られているのがうかがえます。
富野作劇はシリアスなドラマ作りが強調されがちですが、軽妙洒脱でユーモラスな味わいも特徴のひとつでもあります。富野監督にとって最盛期として扱われる80年代初頭ですが、この二つの要素がかなり分離していた時期でもあったことは案外抜けがちな視点かもしれません。
2スタへの強権的ふるまいは……かなりのものですね(苦笑)。
高畑監督との対談では

ぼくはあんまり大きい声で「オレは監督だ」とか「演出家だ」なんていえないんですよ。

とも発言していましたが。
人気監督となり、発言力の向上に伴って演出のディティールにこだわりを隠さなくなってきたとも取れますが、心労の吐露にみられるようにアニメーター出身ではない演出家が「動き」による映像表現を模索するための強硬姿勢としての側面が強いのでしょうか。それでも乱暴のそしりは拭えませんが。
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